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紅葉 まっさかり  天高く馬肥ゆる秋

 11月17日 快晴   まさに「天高く馬肥ゆる秋」 紅葉を見に高岡古城公園へ行く。紅葉まっさかり。雪への準備も万全

                      梅園前

                      動物園前 内堀側

 

              他に先駆けて落葉すると言われている梧桐(本丸広場)

 

                雪への備えは万全 (本丸広場)

 

《天高く馬肥ゆる秋》 

 

現在は「快適な秋」を表す言葉として使われているが、本来は《警戒せよ》という意味の言葉。

秋は気候がよく、食べ物の種類も量も豊かになる。それで今までより食欲が進む。体調が良くなるのは人ばかりではなく、馬までも元気になり肥る。

 

ところが中国では本来、秋になると匈奴(きょうど)が襲ってくるから《警戒せよ》という意味の言葉だった。  

中国では、秋の収穫の季節なるとそれを狙った遊牧民族の匈奴(きょうど)が馬を駆って国境に襲ってくるのくりかえし。

匈奴(きょうど)が住む北部では寒さが激しく、冬の間はまったく食糧が獲れないので、冬の間の食糧を得るために南下しては、漢の支配地である農村を襲撃して、略奪行為を繰り返して、荒らしまわっていた。

 

   このため、漢の国の趙充国(チョウ ジュウコク)という人が「雲浄妖星落 秋高塞馬肥」と警告した。

              ( チョウジュウコク の有名な言葉 「一見は百聞に如かず」 )

 

   読み 「(雲浄(きよ)くして妖星(ようせい)落ち、秋高くして塞馬(さいば)肥ゆ」

          「妖星落ち」は不吉なことが起こることのたとえ。  「塞馬」は北方の要塞を守る馬。

 

   意味  『北方の騎馬民族の匈奴が、秋も深まり空が高く澄んで馬も元気に肥えるようになると大挙して略奪に来るので、警戒するように』 となる。

 

 しかし、匈奴が滅びた後は現在の意味でつかわれるようになった。

 「雲浄妖星落 秋高塞馬肥」の語源 杜審言(ト シンゲン)の詩。「蘇味道(ソ ミドウ)に贈る」に基づく。

 

 

                                      本保澄雄

秋晴れの高岡古城公園

 秋晴れに誘われ久しぶりの古城公園散策。

                  秋に花の咲く桜 コブクザクラ 博物館新館横 大手道に面して

 

  秋の七草 萩 万葉集にも詠われている。食いしん坊の私には《おはぎ》しか思い出さないが・・・。小竹藪

                       白い花をつけた茶の木  動物園便所の後ろ 中央分離帯

 

   

そろそろ 紅葉 梅園前  

 

         アカメガシ 黄色に色ずく中で一番きれい。今から見頃になるのはハゼ、次にモミジ、

         エノキ(土代ナチュラリスト談)  博物館前角~動物園の内堀沿いの土橋(道路)

 

       青空を見て、ここでまた文学青年になった気分。 城と青空と言えば

          松山や 秋より高き 天守閣   明治24年(1891) 正岡子規が詠んだ有名な俳句

                 (感じ方はひとそれぞれ、自由に鑑賞してください)

                                       松山城 天守

 

  *お城(城跡)を案内するものとしては、「天主閣」は気になる言葉。お城用語としては正確には「天主」

       「天守閣」という言葉明治時代につくられた俗語。お城の本には原則使っていない。

                          

                              本保澄雄

 

 

 

 

 

 

ほかにもあった 『茶の木』

 7月23日に「やっと見つけることができた!!茶の木を投稿したが、他の場所でも「茶の木」を見つけることができた。

場所は明丸(動物園)前の土橋(道路)中央分離帯の植え込みの中。

中央分離帯はかなり長いのだが、1か所目は動物園便所真後ろ。桜の大木を挟んで2本の茶の木があった。

もう1か所は同じく動物園北出入口から出たらすぐ目の前。3本も1度に見つけることができたのは幸い。

  (チャ、チャ、チャで素晴らしい!!)

 

                                   動物園便所真後ろ 中央分離帯の中 桜の大木の左右の背の低い木

 

 

                                      茶の木は緑色の実をつけていた。

 

利長と茶室

 利長は高岡城内に茶室を設けた。京都の古田織部の茶室を模したものである。利長は、わざわざ京都に大工を遣わせ、織部の茶室と寸分違わず採寸させ、高岡城内に復元させている。

 茶室がほとんど完成したころ、茶室を確認した利長は見慣れぬ下地窓(したじまど)があることに気づき、

  「ここに開いているこの窓には、どうも承服できぬなぁ」

  「古田織部殿の茶室にもその場所にその大きさの窓がありました」

  「その窓からどのような景色が見えたのだ」

  「その窓からは、東寺の五重塔が見えました」

  「なるほど、そのような窓であったか。では東寺の見えぬ高岡城の茶室には同じ窓を作っても意味はないのう」

利長公はこの窓を塞いでしまった。  (この茶室、どこにあったかは不明) 参考文献 山本和代子『古城万華鏡』

 

                              本保澄雄

 

梧桐 (2)  他に先がけて落葉

 前回 「梧桐の花はどんな色」ということで書いた.

今回は文学青年になった気分で、「梧葉」について書いてみたい。

 

 ・偶成  朱熹     (偶成とは → 歌や詩などが、ふと出来上がること)

   少年易老学難成   一寸光陰不可軽   未覚池塘春草夢   階前梧葉已秋声

 (少年老いやすく学なりかたし 一寸の光陰かろんずべからず いまださめず、ちとうしゅんそうの夢  かいぜんのごようすでに しゅうせい)

 意味 少年が老いていくのはアッという間だが、学問がモノになるのは大変難しい。だからわずかの間でも惜しんで一生懸命に勉強すべきなのだ。春に池のほとりに草が揺らぐのを見ながらうつらうつら夢を見ていたと思うと、庭先のアオギリはもう秋の気配を帯びている。

 

・「桐一葉(きりひとは) 落ちて天下の秋を知る」

  桐はほかの木よりも早く秋の気配を感じて落葉する。落葉の早いアオギリの葉が一枚落ちるのを見て秋の訪れを察知するように、わずかな前兆を見て、形勢の悪化、衰亡の兆しが現れたことの暗示とする。その後に起こるであろう大事をいち早く察知する事を言う。 准南子・説山訓に「一葉落ちるを見て、歳の将に暮れんとすることを知る」に基づく。

 「一葉落ちて天下の秋を知る」 「一葉秋を知る」なども同じ意味

 

 この「桐一葉落ちて天下の秋を知る」は詩的な美しい表現だが、この言葉が知られるようになったのは明治時代坪内逍遥が『桐一葉』を著してからのこと。 大坂夏の陣で滅亡した豊臣家の没落をテーマにした名作で片桐且元(かたぎりかつもと)が豊臣家と自分の非運を嘆く場面では桐一葉が落ちて天下の秋を知る情景が描かれている。歌舞伎で初演されたのは1904年(明治37)のこと。                          三省堂 『故事ことわざ辞典』   インターネット など  参考

 

                  早くも黄色くなり始めた? 梧桐の葉 (7月30日撮影)

 

      すみません。 ごちゃごちゃと訳の分からないことを書いてしまいました。 本保澄雄

 

 

梧桐(ごとう)の花はどんな色?

 本丸広場南西側片隅、訪翠亭のすぐ近くに梧桐(ごとう)の木がある。

 

                                               訪翠亭(屋根に鳳凰の像) と 梧桐(手前左側の木)7月30日撮影

 

観光客に 高岡という地名は『詩経』の一説「鳳凰鳴けり彼の高き岡に」から命名された。その対句として「梧桐生ぜり彼の朝暘に」があり、この場所に鳳凰梧桐があると説明した。では「梧桐はどんな色の花が咲きますか」と質問されて返答に窮した。「桐は紫の花が咲きますが、梧桐は桐とは全く違いますからね。どんな色の花が咲くのでしょうね。調べておきます」と返答するしかなかった。 

後日調べた。

梧桐 アオギリのこと。アオギリ科の落葉高木。木の皮は緑色。6~7月にうす黄色5弁の小花を群生する。果実は10月ころ        熟す。庭木や街路樹にする。キリとは全く別物。

   中国では鳳凰が住む樹とされた。このため鳳凰の像の側に梧桐が植えてある。

                   梧桐の花 (インターネット)

 

                   梧桐の葉(7月30日撮影)

桐  ゴマノハグサ科の落葉高木。5月ころ薄紫の花が咲く。材は軽くやわらかで白っぽく、また吸湿性が少なく音をよく伝え るので琴・たんす・下駄などをつくる。

中国では古くから両方に「桐」の字を用いているために混乱が生じている。現在中国ではアオギリのことを「梧桐」、キリを「泡桐」と呼ぶ。  (詳しくはウイキペディアなど)

                    

  ・詩経 中国最古の詩集。前9世紀から7世紀にかけての詩305編を収める。孔子が門人の教育のため編纂したともいわ        れ ている。四書五経(ししょごきょう)のうちの一つ。

       四書とは 『大学』『中庸』『論語』『孟子』 の 四書

       五経とは 『詩経』『書経』『礼記』『易経』『春秋』 の 五書

  ・朝陽 山の東 (大辞林)

       《朝暘橋》《朝暘の滝》は、この「梧桐生ずかの朝陽に」から名づけられた。

   本保澄雄