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お知らせ
高岡観光ボランティアガイド やまたちばな

新宿 中村屋

先日、食品スーパーサンコー木津店で新宿中村屋の袋入りカステラを見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新宿中村屋さんと言ってもわかる人は少ないであろう。

1901(明治34年)相馬愛蔵、黒光(星良)夫婦が新宿で創業したパン屋さんである。

買い取った店が繁盛店だったので店名「中村屋」をそのまま引き継いだ。これが新宿中村屋である。

 

相馬愛蔵?、相馬黒光(星良)? 誰かな? これも思い当たる人は少ないだろう。

 

相馬黒光のほうは皆さんご存じのはず。

そう、高岡市立博物前前、「日本のロダン」と称せられた荻原碌山のブロンズ像「女」は相馬黒光をモデルにしたものだと言われている。

 

黒光は文学や芸術を愛する才気あふれる女性。

 

碌山は相馬黒光の影響で芸術家を目指した。

アメリカ、フランスなど海外で絵画や彫刻を学び1908(明治41)年帰国。新宿にアトリエを構え彫刻家としての活動開始。

1910(明治43)年、相馬黒光をモデルとしたブロンズ像「女」の製作に没頭。精魂をを使い果たした。「女」が完成した朝、碌山はアトリエで血を吐いて死亡した。

「女」は碌山の死後,、文展に出品され見事3等賞(彫刻での最高賞)に輝いた。

 高村光太郎 詩  荻原守衛

       単純な子供荻原守衛の世界観がそこにあった、 坑夫、文覚、トルソ、胸像

           人なつっこい子供荻原守衛の「かあさん」がそこにいた。  新宿中村屋の店の奥に。

         ・・・・・・・

       四月の夜更けに肺がやぶけた。新宿中村屋の奥の壁をまっ赤にして 

           荻原守衛は血の塊を一升はいた。 彫刻家はさうして死んだ。-日本の底で。

 

2022.6.28

                     高岡観光ボランティアガイドやまたちばな

                              本保澄雄