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2020年代の幕開け

改めまして、新年あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い申し上げます。

 

 

 

 

2020年元旦の高岡大仏は、虹で彩られておりました。

 

 

 

さて、2010年代も終わり、2020年代の幕開けとなりました。

簡単ではありますが、2020年代の「やまたちばなの動き」「高岡市・高岡古城公園・高岡大仏の動き」「国内の動き」を年表にまとめてみました。

 

 

やまたちばなの動き 高岡市・高岡古城公園・高岡大仏の動き 国内の動き

2020年
(令和2年)

ガイドブック発刊10周年

全国城下町シンポジウム高岡大会開催(5月)
(2003年以来2度目の開催)

東京五輪開催
2021年
(令和3年)
やまたちばな発足20周年    
2022年
(令和4年)
    成人年齢が18歳に引き下げ
2023年
(令和5年)
  北陸新幹線 金沢・敦賀間開業(春頃かな?)
高岡大仏建立90周年(現在の銅製大仏)
(2033年の100周年まで10年)
 
2024年
(令和6年)
    日本銀行券(お札)が刷新予定
2025年
(令和7年)
  高岡古城公園 公園指定150周年
高岡市 新市誕生20周年
大阪・関西万博開催
昭和100年
2026年
(令和8年)
やまたちばな発足25周年    
2027年
(令和9年)
    リニア中央新幹線 品川・名古屋間開業
2028年
(令和10年)
     
2029年
(令和11年)
  高岡開町420年
高岡市市制施行140周年
 

 

 

まず、国内では今年いよいよ東京五輪の開催となります。

そして、5年後の2025年には、大阪関西万博の開催が予定されております。

これらの効果が高岡の観光にまで及ぶかどうかはわかりませんが・・・。

「インバウンド」という観点からも、注目したい大イベントです。

 

 

続いて、高岡においては、今年5月22日(金)~24日(日)に「全国城下町シンポジウム」が開催されることとなっております。

これは全国城下町青年会議所連絡協議会が毎年開催しているシンポジウムで、高岡での開催は2003年以来17年ぶり2度目となります。

高岡城の魅力を多くの方に知っていただくいい機会になればいいなと思います。

また、2023年には「高岡大仏建立90周年」、2025年には「高岡古城公園 公園指定150周年」といった節目があります。

 

 

最後に、やまたちばなに関しては、今のところ周年のことしか書けませんが・・・。

来年2021年が会の発足20周年となります。

 

 

 

日々、目先のことでいっぱいいっぱいになっている現状ですが・・・。

10年後、20年後を見据えて行動できるようになるのが、2020年代の目標としたいと思います。

 

 

 

2020年(令和2年)1月2日

やまたちばな 福岡 経

年の始め?年の初め?

久しぶりの投稿である。10月~11月は「なんだ、かんだ」で結構忙しい日が続いた。

11月もはや半ば。あといくつかのガイドは残っているがようやく落ち着きを取り戻してきた。

 

10月4日~6日には高岡市の秋の風物「万葉集全20巻朗唱の会」が行われた。

 

フイナーレは 定番 万葉集 巻20.4516番 大伴家持の 

 「新(あらた)しき 年のハジメの 初春の 今日降る雪の いやしけ吉事(よごと)」である。

   (注.新は「あらた」と読みます。)

 

ところで ハジメ は 始め だろうか? 初め だろうか? 

前回の福岡君のブログでは 初め を使っている。初め を使っている 本も 多い。

主催者・高岡市から渡された原稿にも 初め になっているのだろう。

 

私は2017年(家持生誕1300年)の年賀状には「始め」を使用した。(私の年賀状の一部分のコピー)

 

初め と 始め どう違うのであろうか。   

 「初め」、は時間的に早いことで「年の初め」「初めのうち」のように用い、 「始め」、はことの始まり、「御用始め」「手始め」のように用いる。  小学館 『新選 国語辞典』

 

大伴家持の歌は

  万葉仮名で 「新 年乃乃 波都波流能 家布敷流由伎能 伊夜之家餘其騰」と記されいる。「始」 を使っている。

大伴家持は「さあ、今日から1年間始まるぞ」という正月気分ではなく、国司として仕事第一に考え、「さあ今日から仕事だ。」というように「仕事始め」という意味で「始」を使ったのではないかというようにも言われている。

 

 さて、皆さんだったらどちらの ハジメ を使いますか?

 

(注.「始め」と「初め」の違い。パソコンでもたくさん出ています。そちらの方も参考にしてください)

 

          2019.11.14

                                                                         やまたちばな 本保澄雄

 

                             

 

 

 

 

 

高岡開町410年

1609年9月13日、加賀前田家2代当主・前田利長公が、高岡城入城。

その日から410年が経った2019年9月13日(金)夜の高岡城本丸(高岡古城公園本丸広場)の写真です。

・・・暗くてよくわかりませんね(笑)

(夜しか行くことができなかったので・・・)

 

 

10年前、「高岡開町400年」として盛り上がっていた高岡のことを、今でも印象的に覚えています。

本当に多くの市民が、「ジブンゴト」として自分のまちをお祝いした、素晴らしい1年だったと思います。

今年迎えた410年はもちろん、420年、430年と・・・400年ほど盛大ではなくても、

また多くの人がお祝いしてくれるような、そんなまちがいいなと願っております。

 

※開町400年の記念事業を振り返る映像(高岡ケーブルネットワーク制作)が、インターネット上でも公開されておりますので、

 ぜひ一度、ご覧いただけたらと思います。

 時をこえ心をつなぐ高岡開町400年 動画ページ(高岡放送部)

(※8つある動画のうち6つ目に9月13日「高岡開町まつり」当日の様子があり、動画の10分2秒頃から、「前田利長公」の高札を持つ役で参加していた当時17歳の私も映っております・・・)

 

 

さて、先日ですが、開町410年をお祝いするイベントが、高岡古城公園本丸広場で2つ行われました。

 

まず、9月8日(日)。

先日もご紹介いたしました、「高岡城下町フェスタ2019」です。

(写真は開会前の様子です)

 

当日は音楽ライヴなどのステージイベント、高岡の伝統産業などの体験ブース、飲食ブースが揃い、

家族連れなど多くの方で賑わいました。

30℃超の暑さでちょっと大変でしたが・・・。

 

 

私も運営スタッフとして参加させていただき、特に「越中たかおか・まちクイズ」では、問題制作と進行を担当。

イベントMCを務めた富山県住みます芸人「フィッシュ&チップス」のお二人と一緒に、クイズMCをさせていただきました。

 

 

最後には、3,584枚の写真で制作した「モザイクアートで創る幻の高岡城」の完成発表もありました。

 

 

 

そしてもうひとつ。

9月14日(土)に、「高岡開町まつり400+10」が行われました。

前田利長公による高岡城入城を、地元小学生を中心とした参加者が再現するイベントで、

開町400年の翌年である2010年に、市民有志メンバーが「高岡開町まつり400+1」を開催して以降、毎年行われています。

こちらは時間が合わず、最後の方しか足を運べませんでしたが・・・。

 

 

 

高岡開町410年を、多くの市民がお祝いした様子でした。

10年後、20年後・・・どんなお祝いがあるのか。

その前に、高岡はどうなっているのか(笑)、楽しみですね。

 

 

やまたちばな

福岡 経

2019年9月は、高岡開町410年

1609年9月13日、加賀前田家2代当主・前田利長公が、高岡城に入城。

城下町・高岡が誕生しました。

 

今年2019年は、その高岡開町から410年を迎える記念すべき年。

開町400年という大きな節目だった10年前と比べたら、盛り上がりに欠けているのは仕方ないのかなと思いますが・・・。

しかし、高岡開町の月である9月を迎え、いよいよ楽しみなイベントが迫っております。

 

9月8日(日)、高岡古城公園本丸広場にて、高岡開町410周年記念「高岡城下町フェスタ2019」というイベントが開催されます。

 

今注目の「eスポーツ」イベントや、音楽ライブ、高岡クイズ大会などのステージイベントの他、

高岡の伝統産業をはじめとした体験コーナー、ご当地グルメなどの飲食ブースなど、

高岡の魅力がたくさん集まった1日です。

 

 

そして、メインイベントである「モザイクアートで創る幻の高岡城」。

本日9月2日(月)より、高岡市役所1階ロビーにて、写真の貼りつけが行われております。

 

9月6日(金)まで高岡市役所での制作が行われ、9月8日(日)の「高岡城下町フェスタ」当日にお披露目されます。

 

 

また、9月後半は「クラフト市場街」「高岡大仏まつり」「福岡町つくりもんまつり」「中田かかし祭」など、高岡市内でお祭りの多い時期となります。

気になるイベントがありましたら、ぜひ高岡にお越しください!

 

 

やまたちばな

福岡 経

時は今 5月28日 

「時は今 5月28日」 と言っても令和元年、今年の話ではない。

今から430年以上前、天正10(1582)年の5月28日のことである。

 『ときは今、天(あめ)が下しる 五月哉(さつきかな)』 

天正10(1582)年5月28日、愛宕山西坊での連歌会で明智光秀が吟じた発句(ほっく)である。

この句には重大な意味が込められているという。つまり本能寺の変の予告である。

普通に解釈すると 「今の時期(梅雨の時期)雨がしたたり落ちていますよ」というくらいの意味。

明智光秀の謀反(むほん)の意味が込められているという説では

 「とき」は明智光秀の出身の土岐氏を表し、

 「した治(し)る」天下を治める、または下知(げぢ=命令を出す)という意味。

  今こそは土岐氏の一族である私(明智光秀)が織田信長を討ち天下を治める時だとの解釈ができる。というものである。

明智光秀決意の句である。 明智光秀は直ちに行動を開始した。

 

そして《本能寺の変》が起きたのは6月2日夜明け前。

信長は本能寺で光秀の謀反(むほん)を知り「是非に及ばず」

「下天(げてん)のうちにくらぶれば、夢まぼろしの如くなり」声高に敦盛(あつもり)のひとふしを唄い体を拭いた。

「これまでだ。御殿に入って腹を切る。首をとられるな。屍(かばね)を渡すな」

信長は燃え盛る火焔の中へ入っていった。

 

この時、我ら前田利家は柴田勝家、佐々成政とともに魚津で長年苦しめられていた上杉陣と戦いを繰り広げていた。

(魚津城の戦い)

そしてようやく勝利を挙げたのが6月3日。2日の「本能寺の変」で織田信長が死んだという知らせを受けたのが4日。織田軍

は急いで越中を撤退した。

前田利長・永姫織田信長の招きにより上洛の途中。6月2日京都瀬田にきたころ信長の横死を知り永姫を荒子へ逃げさせ、

自分は安土の前田屋敷へ入り弔い合戦の準備をした。

 

                   参考図書など 津本陽『下天は夢か』

                          山本謙一『信長死すべき』

                          北日本新聞社『富山のふるさとキーワード』

                          見瀬和雄『前田利長』

                          インターネット

 

2019.5.28           本保澄雄