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前田利長公 銅像

高岡古城公園本丸広場北側に前田利長公銅像がある。

「銅像は横田町の米 治一(こめ じいち1896~1985)の作で、昭和50年(1975)に建てられました。利長が慶長14年(1609)9月13日、家臣団434名を従え入城した姿を表したものです。長い兜は銀鯰尾形(ぎんなまずおなり)兜と呼ばれ、利長はなまずの力にあやかり威勢を示すために愛用したと言われています。」(『高岡古城公園ガイド』より)

この兜、現物は富山市郷土博物館に展示してある。

兜には作者の春田勝光の銘が刻んである。春田勝光は奈良で栄えた甲冑師の一派で、この流れをくむ人々が加賀前田家の兜を作っていた。兜は戦場における武将のトレードマーク、一種のファッションだった。

  重さ約4㎏ 高さ約127.5㎝。

 鉢周り(頭の部分・ハチマキの鉢と云えばわかりやすい)とシコロ(首の部分)は鉄、長い上の部分は木製。銀を付けた。

同じ形の兜を蒲生氏郷が使っていた。一説には利長公は蒲生氏郷からこの兜をもらったとか。

  利長と蒲生氏郷とはアイムコという関係。(利長正室・永姫と蒲生氏郷の正室とは姉妹。ともに織田信長の娘。)

太刀は郷義弘作である。稿本越のした草に「瑞龍院利長公の御腰物則義弘にして今猶高岡の宝蔵に納之奉る也。」とある。

ぶら下げているのでこれは太刀である。刀(正確には打刀)ではない。

  太刀。南北朝時代以降。馬の上で戦ったので太くて長い刀が必要だった。紐でぶら下げる。展示するときは刃を下にして展示

  刀。 戦国時代末期 太刀に比べ軽くて短い刀。腰の帯に差す。展示するときは刃を上にして展示。

 郷義弘 魚津の在住 正宗十哲の一人、相州正宗、粟田口吉光とともに天下三作と呼ばれた。

     2~3年前、富山県水墨美術館で開催された「徳川秘宝展」に展示してあった。

馬 わたり黒 蒲生氏郷の家臣渡平八郎からもらったので「わたりくろ」という名前。後に加藤清正に渡ったとか。

 

2021.5.25              

                            高岡観光ボランティアガイドやまたちばな

                                  本保澄雄